大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

岩見沢簡易裁判所 昭和39年(ろ)83号 判決

被告人 平田文義

主文

被告人は無罪。

理由

本件公訴事実の要旨は、

被告人は、昭和三九年九月一日午前一〇時四五分頃、苫前郡初山別村字豊岬四四番地先の道路の曲り角付近において、大型貨物自動車(札一た七一九)を運転して通過するに際して徐行をしなかつた。

というものである。

被告人が、右公訴事実記載の日時に、北海道苫前郡初山別村字豊岬四四番地先の本件現場道路、すなわち留萌稚内間一般国道二三二号線の通称祐川の坂といわれる地点(以下本件道路という。)を、大型貨物自動車を運転してて、徐行しないで通過したことは、被告人も当公判廷において認めており、また、被告人の司法巡査に対する供述調書、司法巡査作成の現認報告書、当裁判所の検証調書によつて明らかであるが、被告人は、本件道路は、単に彎曲しているだけで、まがりかどではないから、徐行すべき場所ではなく、従つて、道路交通法に違反したことにはならないと主張するので、以下本件道路が、同法第四二条所定の徐行場所にあたるか否かにつき検討する。

道路交通法第四二条は、車両等は、道路のまがりかど付近においては徐行しなければならないと定めているのであるが、ここにいう「まがりかど」とは、道路が直角あるいはこれに近い急角度で屈折している場所を意味するものである。従つてそれは、直線道路がある一点で屈折している場合のその屈折点であり、しかもその屈折の角度が右のような急角度でなければならないのであつて、同じく道路が曲つている場合であつても、屈折の度合がゆるやかなものはまがりかどとはいえないし、また弧を描いて屈曲しているものはいわゆるカーブであつて、まがりかどとは区別されなければならない。しかし、まがりかどが、特に法定の徐行場所とされているのは、そのような個所は通常進路前方の見とおしが悪いということのほかに、車両等が走行中急激に方面転換をするときは操縦を誤るなど、交通の危険を生ぜしめるおそれが大きいためであるから、まがりかどといつても、その屈折点が文字どおり角形をなしている場合だけではなく、その部分が弧状の曲線であつても、その曲線部分が短小で、強度に彎曲し、そのため車両等がその個所を通過するときに急激な方向転換を要求されるような場合には、まがりかどと見るべきである。道路が弧状の曲線の形で曲つている場合に、それがまがりかどか、あるいは単なるカーブかは、結局右のような取締目的に照し、その屈曲の度合を基準として社会通念によつて決定すべきものであるが、この区別は、道路標識、区画線及び道路標示に関する命令(昭和三五年一二月一七日総理府・建設省令第三号)が、警戒標識の種類として屈折と屈曲とを区別しているのに大体において一致するものと思われる。

ところで、本件道路の形状は、当裁判所の検証調書と鑑定人奥平良樹作成の各平面図によつて明らかなように、弧状に屈曲しているのであり、同鑑定人の測量結果によれば、その曲線部分の曲線長は三七・五三メートル、曲線半径は五〇メートル、切線長は一九・七メートル、外線長は三・七四メートル、道路交角は四三度である。この道路交角というのは、多角形の一角についてのいわゆる外角にあたる部分の角度であるから、普通の屈折度の表し方のように、屈折の内側の角度をもつて示せば、右道路交角の余角である一三七度となる。(なお、小林三郎の司法警察員に対する供述調書に記載されている曲線長、曲線半径、角度はこれと異なるが、同供述調書添付の道路敷地調査平面図と鑑定人奥平良樹作成の縮尺一〇〇〇分の一の平面図とを対比すれば明らかなように、同供述調書は、誤つて、本件道路とは別の場所を違反発生場所と考えたものと認められる。)この角度は、かなりの鈍角であつて、とうてい直角に近い急角度とはいえないし、前述の曲線半径および曲線長を考慮すれば、本件道路の曲線の彎曲の度合は決して強度なものとはいえず、むしろゆるやかな屈曲というべきであり、このような個所をまがりかどということは適当ではない。現に、当裁判所の検証調書および司法警察員作成の「現場写真の撮影について」と題する報告書によつて認められるように、本件道路には、屈折ではなくて屈曲の警戒標識が設置されているのである。この程度の屈曲であれば、車両等が通過する場合にも急激な方向転換は必要ではなく、特に徐行せずとも、通常の速度のままで、その彎曲に沿つて進行することは格別困難ではないと考えられる。もつとも、本件道路は、丘陵の斜面の切り通しの道路であつて、当裁判所の検証調書に見られるとおり、屈曲の内側が山側になつているため、前方の見とおしが必ずしも良いとはいえず、そのために警音器使用場所に指定されてもいるのであるが、それだけでは、この場所をまがりかどということはできない。従つて、本件道路は、道路交通法第四二条にいうまがりかどにはあたらないものというほかはない。

また、本件道路は、鑑定人奥平良樹作成の縦断図に見られるとおり、稚内方向から留萌方向に向つて、すなわち被告人が本件当時自動車を運転進行した方向に、下り坂になつているが、その勾配は三・一八%であつて、急な勾配とはいえないし、もちろん交差点ではなく、公安委員会による徐行場所の指定もないのであるから、本件道路において徐行しなかつたとしても、何ら道路交通法第四二条に違反するものではない。結局、本件被告事件は罪とならないものとして、刑事訴訟法第三三六条により、被告人に対し、無罪の言渡をする。

(裁判官 高橋史朗)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例